私の母 PART.1

母は現在七十二歳位で元気です。といっても病気一つせずではなく”リウマチ、甲状腺”等の病気と闘いながら、趣味の琉球舞踊〔雑踊り〕をを楽しんでいます。老人会のいろいろな会で踊る事を生きがいとしています。
四年ほど前、転んで足の骨を折ってしまって随分長く入院しました。もう踊れないかもしれないと思った程でした。でも、母は踊りたかったんですね。リハビリも頑張りました。しかもリウマチを患いながらよくぞここまで頑張ったと拍手喝采美化したいところですが・・・。
昨年のことです。病名は忘れましたが急性でかなり痛みを伴ったらしく緊急入院しました。四日ほど入院してすぐ退院しそれから三〜四日後に再入院したのですが、最初の入院の時の話を後になって弟から聞かされました。通院生活が長い母はすっかり薬に詳しくなってしまいお医者さんの処方箋にまでクレームをつけるのです。この薬は利かないからあの薬のほうがいいとか、あまり大きな声では言えませんがお医者様の事で「△△先生は診察よく診てくれない、○○先生は丁寧に診てくれるのに」etc・・弟も大変だったようで。完全に直りきらないのに退院した母は再度入院でも、[二週間程]で退院、元気になりました。

 
 話はさかのぼりますが、一昨年の年末年始、東京へ出てきた母とお正月は一泊で京都へ出掛けました。そのときの出来事ですが、お互いに遠慮がないのでどちらもついわがままになっていたのかもしれませんが、朝の出掛けからもう二人とも不機嫌でした。
東京駅についてからの事ですが、階段を上るのに私は母の荷物をもってあげようと手を出したのですが断られてしまいました。それでも、治ったとはいえ足の怪我をした母に重い荷物を持たせるわけにはいかないので再三、荷物を持とうと手を出しました。が、あまりの意固地な母の表情に私も諦めて京都行きの新幹線のホームへ上がるエスカレーターにさっさと乗ってエスカレーターから降りて五〜六歩、進んでから振り返ってみると、たまたま通りかかった駅のお掃除の方数名と車掌さんらしき方がエスカレーターを止めて仰向けに倒れている母を親切に起こしている光景が目に入りました。私は慌てて下へ降りて行きました。荷物が足にぶつかって転んだそうです。とはいえ恥ずかしさと怒りと周りの方たちの私に対する冷たい視線がつらくてそれ以上何も言えませんでした。”年寄りにこんな大きな荷物を持たせて”と言わんばかりの冷たい空気でした。無言のまま新幹線に乗り、気まずい雰囲気の私たちの所に乗車券の確認にきた人はついさっき母を起こしてくれた方でした。本来ならお礼を言わなければいけない立場なのに私は目をそらし無視してしまいました、只、こみあげてくる怒りを抑えるだけで精一杯でした。”私がスイッとエスカレーターに乗るのをみて、あ、ああやって乗ればいいんだと母も真似をした所荷物が足にぶつかって転んだそうです。”
「あんたのところへは二度と行かない」 「もう、来ないで」

あれから二年半以上経ちました。「元気なうちにもう一回東京にいきたいね。前に行ったときは寒かったから今度は五月ごろ行ってみたい。」 「そうだね。ちょっと寒かったね。暖かいときにもう一回来てよ」こんな会話をしています。